アイリーンが次に目を覚ましたのは、どこかマグルの家らしき玄関の前だった。隣ではハリーが眠っている。そういえばリリーにはマグルの姉妹がいた気がする。しかし何故母親の方に? ポッター家はそれなりに親戚がいたはずだ。知り合いならば既にハリーが魔力を発現させていることは知っているだろう、マグルの家に預けるなど正気の沙汰ではない。アイリーンは唇を噛んだ。セブルスとてかなり多くの魔力を有していた。魔法が使えない者のところに魔力を有した子どもを放り込むとろくなことがないのはわかっている。息子に対する対応が最悪にも過ぎた前世を思い出してまたもアイリーンは落ち込んだ。
落ち込んだところで、ふと自分に保温呪文がかけられていることに気づいた。そういえば今は10月であった。毛布一枚で幼子を外に放置するのはそれこそ正気の沙汰ではない。一応アイリーンとハリーを置き去りにした魔法使いには良心があったようだ。
そこまで考えて、アイリーンはやっと闇の帝王のことについて考え出した。なぜ彼が襲ってきたのか。どうせ幼子には理解できないだろうと防音呪文もかけられていない無防備な会話だったから、アイリーンは知っている。誰が秘密の守人だったのか。ピーターを秘密の守人にするという話を確かに聞いたし、秘密の守人にする際の儀式も聞いている。
ならば、彼が、ピーターが裏切ったのか。アイリーンはぎゅっと手を握りしめた。優しく笑って抱き上げてくれたのを知っているだけに、そんなことは考えたくもなかった。ピーターが裏切っているはずがない。でも、それなら、何故闇の帝王は襲ってきた? 疑問がぐるぐると頭の中で渦巻く。何を信じればいいのかわからない。
そもそも、ここに置き去りにしたのは誰なのか。丸一日眠っていたはずもないから、セブルスが出ていったあと、誰かが来てここに送り届けたはずだ。そんなに早く情報を得てポッター家に来たのは誰だ? ……誰か、そう、ピーターかもしれない。彼が裏切っていたのだとすればあの時チャイムをならしたのはピーターで、恐らく無防備に父が玄関を開けたのもわかる。
一体何を信じれば良いのか。わからないことが多すぎる。
思考が行き詰まった時、ガチャリと玄関の開く音がした。
「……っ、赤ん坊……? 」
見下ろした女性の顔が青くなる。それはそうだ、赤ん坊がいきなり玄関の前に捨てられていたらそうなる。アイリーンは女性を見つめた。まさか、と彼女が息をのむ。
「リリー……? 」
信じたくない、信じられないという思いがこめられていた。崩れ落ちるようにバスケットの隣に腰を下ろした彼女は何かに気づいたようにバスケットの中に手を伸ばす。アイリーンが気づかなかった紙切れが入っていたようだ。それを読んだ女性が唇を戦慄かせ、ハリーとアイリーンを見る。
「……ええ、あなたたちには、何の罪もありませんとも……。」
苦しみに責め苛まれたような声音にアイリーンは眉を下げ、女性の頬に手を伸ばした。これで慰めになるのかはわからない。
「……アイリーン。」
紡がれた言葉にアイリーンは泣きたくなった。彼女が魔女ではないのはわかる。マグルだとわかる。こんなに慈しむような視線を向けられるのは苦しかった。どうかそんな視線を向けるのはハリーだけでいいから、と思うのに彼女の瞳の奥にせめぎあう感情が見えるから手を引っ込めることもできない。マグルと魔法使いの子どもの共存なんて夢物語だと知っているくせに、己は何を夢見ているのか。
一刻も早く、ハリーに目を覚ましてほしかった。