「りぃなぁ! 」
アイリーン・プリンスがアイリーン・ポッターとして生を受けてから、一年ほどたったある日のこと。にこにこと自分に向けて手を伸ばしてくる双子の弟にアイリーンも微笑み返した。
「うん、ハリー。」
中身が大人なので舌ったらずながらもしっかり喋るアイリーンとは異なり、少しずつ言葉を覚えていくハリーを見るのは良いものだ。そして、ハリーの成長を見るたびに前世の息子を思い出して胸が痛む。覚えている、あの子の最初の一語文も二語文も。一語文は“パパ”だったし、二語文は“パパとおんなじ”。魔力が発現するまでは、とても仲の良い父子だったのに。
「ううぅ……僕が一番に呼んでもらう予定だったのに。」
「うっとおしい。」
しっしっと父親にたいしてつれない態度をとる娘にますます彼は膝から崩れ落ちた。まったく迷惑なものだ、とアイリーンは口を尖らせてハリーの相手をすることにする。
愛されることには罪悪感があった。皆が皆、アイリーンを愛そうとするのだ。私は息子を守れなかった不甲斐ない母親なのに、どうして愛を受けとる資格があろうか。
そんな思いを抱いて父親と接するのは地獄のようだった。アイリーンの天敵であったフリーモント、今生ではなぜか祖父なんぞになっている忌々しい奴の息子。ジェームズは愛されて育った子どもで、愛し方を知っていた。それはリリーも同様に。
あの、忌々しいフリーモントですらも息子を愛したのだ。それがアイリーンにどれほどの自責の念を生ませるものか。
「りぃな? 」
「……何でもないわ、ハリー。」
「リーナ、顔色が悪いわよ。大丈夫? 」
「ママ……。」
柔らかく頭を撫でられてアイリーンは俯いた。息子の頭を最後に撫でたのはいつだろうか。浮かび上がってくるのはそんな公開ばかりで、幼い体に引きずられて涙が出そうになるのを閉心術を用いて必死でおさえる。
「リーナ、本当に大丈夫? 泣きそうな顔をしているわ。」
「……ううん、大丈夫、私は大丈夫だから、ママ。」
どうして、リリーのように子どもを慈しめなかったのだろう。どうして、どうして。どうして、あの子が魔力発現した時に、頭を撫でてあげられなかったのだろう。本当に、アイリーンは母親失格だ。夫しか見えていなかったなんて最低にもほどがある。
「リーナは賢くておとなしい子ね。でも、だから心配なの。何か困ったことがあればすぐに言いなさいね、ママはいつだってリーナの味方だから。」
「パパもだよ! 」
「ちょっとジェームズ!乱入してこないで頂戴! 」
アイリーンには眩しすぎる光景だ。いつだって味方なんだからって、リリーはアイリーンの心を抉る言葉選びが上手すぎる。それは、アイリーンがしようと思ったってできなかったことで。いや、そもそもしなかったのだ。
フリーモントでさえ、素直に子どもを愛せる息子を育てたのに。情けなくなって、アイリーンは泣き出したくなる。今日だけで何度目かわからないくらい、閉心術をかけ直した。