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リナポタ

0-3

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0-3

一年と三ヶ月は、アイリーンにとって天国であり地獄であった。親に愛されることに対する、喜びと後ろめたさ。後者の方がどうしても勝ってしまうのだ。
それでも一歳の幼子が親と距離を置くことなどできようはずもない。アイリーンはぼんやりと宙を見つめた。ハリーは理解できていないだろうが、中身が子どものアイリーンは知っていた。親が子どもたちが理解できないと思って話している内容を知っていた。予言によって、アイリーンとハリーは狙われているのだということを。

闇の帝王を打ち破る力を持った者たちが近づいている……七つ目の月が死ぬとき、帝王に三度抗った者たちに生まれる……

アイリーンが知っているのは、それだけだ。それでも、生まれたときから魔法界で育った生粋の魔法族であるアイリーンは予言がどれだけ重いものか知っている。
7/31、七つ目の月が死ぬときに生まれた子どもでありながらも、そのせいで闇の勢力に追われながらも今生の両親は双子を手放さなかった。その愛情深さはアイリーンを苦しめている。自分と比べざるを得ないから。
玄関の呼び鈴が鳴ったのが、気配でわかった。誰だろう、シリウスだろうか。親友の面影を残す今生での父親の友を思い浮かべたところで、アイリーンはびくりと肩を震わせた。
「アバダ・ケダブラ! 」
緑の閃光が目に浮かぶようだった。アイリーンは死の呪文を知っている。じわり、じわりと闇に染められつつあったスリザリンで、死の呪文を目にしたことがない上級生など果たしていただろうか。三つ年下のアントニン・ドロホフなど、在学中から死の呪文を操っていた。アイリーンとて操れるが、打って気分のいいものではない。
階段を駆け上がってくる足音は一人分だった。嫌な予感がしてアイリーンは隣のベビーベッドに飛び込んでハリーを抱きしめる。もしかしたら、両親のどちらかがあの呪文で死んだのではないか。
そんな思いを隠せなかった。時間がひどくゆっくりと進んでいる。
「……リーナ? 」
ハリーも不穏な空気を感じ取ったようでアイリーンにしがみついてくる。ぎゅっとハリーを抱きしめながら、アイリーンは息をのんだ。子ども部屋に大人用の杖はない。使えるものはない。それならば、杖なし無言を使うべきか。心を閉ざした状態での無言呪文でなければ不意打ちにはまったく役に立たない。
「リーナ、ハリー! 」
ひどく憔悴したリリーの声が聞こえた。ふたりのベビーベッドを覗きこみ、何かを早口で囁く。
「ーーー…………。リーナ、ハリー、愛してるわ。」
「ママ! 」
アイリーンの顔が蒼白になる。知っていた。リリーが唱えた呪文を知っていた。微かな声で一部しか聞き取れなかったが、間違いない。死に際して、最短に特化された呪文。命と引き換えにするがゆえに強力な効力を持つ呪文。純血貴族の間では、自己犠牲の呪文と呼ばれるものだ。命と引き換えに、強力な効力をもって何かを願う。リリーは、この場で死ぬ気だ。
母が死ぬ瞬間など見たくない。アイリーンはハリーを抱きしめたままリリーに背を向けた。そのタイミングで、誰かがはいってくる。
「どうか、リーナとハリーだけは……。」
母が、子どもたちの命乞いをする声が聞こえる。愛が重たかった。ハリーだけでいいのに、息子に酷い仕打ちをしたアイリーンを守る必要などないのに。そう叫びたいのに喉がからからに乾いている。深い愛情は、責め苦でしかなかった。
「ーーーアバダ・ケダブラ! 」
声が聞こえる。リリーの倒れる音がアイリーンの耳に入った。ハリーを庇うように闇の帝王だろう魔法使いに背を向け、いっそう弟を強く抱きしめる。
「アバダ・ケダブラ! 」
心の中で唱えかけた呪文が作動する前に緑の閃光がアイリーンを貫いた。
ーーー貫いた、はずなのに。
「生きてる……? 」
アイリーンはおそるおそる振り返った。黒い靄のような何かが逃げていくのが見えた。
「リーナ? 」
また、舌ったらずに名を呼ばれる。アイリーンはハリーを抱きしめた。
「……ステューピファイ。」
杖なし呪文はすぐに作動した。ふらりと気を失ったハリーを抱き、額に傷があるのを見つける。ふと思いついてアクシオと呟けば、鏡にアイリーンのうなじの稲妻型の傷が見つかった。
「……これが、命の代償。」
ゆっくりと呟く。この傷が、母の命と引き換えなのだ。ハリーが覚えていなくても、アイリーンだけは忘れてはならない。心の中のラベルを張って整然と並べてある思い出の中の一等大切なところにそれを分類する。アイリーンには、母の愛は、重荷にしか感じられなかった。

しばらく呆然としていたアイリーンが現実世界に戻ってきたのは、深い慟哭を聞いてからだった。
この世のものとは思えないほどの悲痛な嘆きだった。そして、一瞬でわかった。その主は、アイリーンの息子だった。アイリーンの我儘のすべての代償を支払わされた男だった。
リリーにすがる彼の姿は、見ていられなかった。本当に、見ていられなかった。アイリーンの過ちのすべてを見せつけられているようで。でも、向き合わないのはあまりにも不誠実に過ぎる。そして、アイリーンにとってさらに救いのないことに、セブルスの閉心術は一分の隙もなかった。これだけ深い慟哭にさらされれば、開心術士であるアイリーンに何らかの形で感情が流れ込んできてもおかしくない。それなのに、内面の慟哭はまったく気配を感じさせなかった。泣きたくなるほどに完璧すぎる閉心術だった。幼い頃に、無防備な心でいられなかった証拠だ。
「……ごめんなさい、セブルス。」
いくら謝っても許されることではない。受け入れられるとも思っていない。それでも、アイリーンはセブルスが去ったあとの部屋でそう呟いた。眠気が襲ってきたのか、幼子の身体は存外素直なもので、アイリーンはすぐにハリーの傍らで寝込んでしまったのだった。
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